海へのノスタルジア
海への愛着とノスタルジアを思い起こさせるのは、ピーター・パンの作者であるジェイムズ・バリ作の「メアリローズ」という戯曲である。ある女性との別離への憂いが印象に残る作品だ。
海へのノスタルジア
アベ ヨーコ
海への愛着とノスタルジアを思い起こさせるのは、ピーター・パンの作者であるジェイムズ・バリ作の「メアリローズ」という戯曲である。ある女性との別離への憂いが印象に残る作品だ。やがて私はメアリローズがいなくなったスコットランド沖、ヘブリディーズ諸島に向かった。写真を撮るために島を歩いていると、灯台やシープドッグを見て懐かしさを覚えた。それは以前見た風景や温度感、風の感覚だった。小学校の時に遠足で訪れた銚子の犬吠埼と、番犬として飼っていたシェトランド・シープドッグの記憶だった
千葉北に住んでいた小学生の時、同じ千葉県からでも、館山は泊りがけで行く特別な場所だった。まだディズニーランドができる前だ。小5になる春休み、近所の人たちと車で一泊で、館山に行った。3月の、肌寒くまだ冬空の雰囲気の乾いた快晴に、春の日差しが明るい日、途中に民家の木に咲く花や野生の花が咲いていた記憶がある。1日がかりのドライブで、カーオーディオでは、1980年になったばかりの当時の日本の流行歌がかかっていた。館山では岩場の海の岩の上を裸足で海水の中を歩いた。まだ春なのに水は暖かかった。小学校の最終学年では館山への臨海学校が大人への仲間入りという気分だった。遠泳は不安だったけれども、同学年の皆と数日間寝泊まりすることが楽しみだった。しかし、小6の4月での引っ越しで、臨海学校を免れて、良かったのか、楽しいことを逃してしまったのか、どちらなのだろうと今思う
引越し先の中学3年間を過ごしたアメリカ南部ではフロリダ州のビーチを何度か訪れた。ほとんどは家族でだったが、一度だけ、部活の吹奏楽部で、各学校が演奏するコンテストで泊りがけでビーチを訪れた。同年代の人たちとビーチで過ごすのは特別感があった。アメリカの南部の中学の国語(English)で読む作品には、ヘミングウエイの「老人と海」やローリングの「子鹿物語」など、フロリダを舞台とした、海や森の生物と格闘したり、折り合いをつけてゆく作品がある。館山の海は半島の先ということと、冬でも温暖な気候という印象から、地図を見ている時はアメリカのフロリダ半島に行くような気分になる
外房の海
その後、都内に住むようになって何度か館山に行った。春先バスツアーで苺狩りに行った。電車に乗って来たこともあったが、駅についた後、バスの時間が頻繁ではなく、あまり色々な場所に行けなかった。ところが、車の免許を取って数年前、館山駅の近くでレンタカーを借りて、自分が回りたい所に行けた。駅周辺から外房の潮風王国へ。道の駅から直接海風を感じて、少し荒い波を見て疲れが取れた。売店にはクジラの料理もあり、給食でクジラを食べたことも思い出された。そして花畑を訪れた後、レストランに入りクラムチャウダーを食べた。貝は大きくて、本場アメリカのクラムチャウダー以上に本格的だった
海の見えるレストラン BUONO のクラムチャウダー
今回はコンサートに行ければと思い、車で目指してみた。東京から館山へ車で行くには先ずは都内の最も混んだ所を通る。渋滞している新宿線、都心の輪のC1、そして湾岸線の長いトンネルへ。長いトンネルを抜けて海ほたるでようやく景色は海を感じられる。そのまま休憩せずに木更津から館山道へ。高速道路終点の富浦を降りてカーオーディオでプレイリスト「館山」をかける。そのプレイリストには、初めて館山に行った時に車内で聴いた1980年になる頃の日本のポップスも入っている
北条海岸
カーナビに入れた目的地の番地は周辺までしかたどりつかなった。しかし、北条海岸に行くことができた。最後に海水浴をした高1のときの岩井海岸以来、私は手のひらを海水につけることができた。館山に行くのも色々な所を回るには車が良いが、駐車場に停められるかどうかということもあるので、町中や駅から歩いて行ける海岸へは電車で行くのも良いかもしれないと思った。また少しずつ館山のことも詳しくなって、戻って来たいと思う。
( text & photo: アベ ヨーコ on 1st Sep. 2022)