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レポート:『イヨマンテ』上映会 @南極スペース


館山市のコワーキングスペースで上映会
photo by © MOTOZAWA Nobuaki

アイヌの伝統的儀式の記録映画

金曜晩のことだが、館山の南極スペースで、記録映画「イヨマンテ」を見た。2013年に亡くなったドキュメンタリー映画監督、映像民俗学者、姫田忠義氏の作品。南極スペースで先月から珠玉の6作品を上映する企画がスタートしていて今回が2回目。

( text: 東 洋平 on 19th Jun. 2022)

イヨマンテとは、アイヌの伝統的儀式。「イ(=それ)」「オマンテ(=送る)」、で主にクマを神の世に送ることをいうらしい。

映像は一匹の飼育された子グマから始まる。冬眠中のアナグマのうち母グマを狩り、子グマは持ち帰って飼育し、1年ほどしてこの儀式が行われる。

コタン(集落)の人々が何日もかけて、木々などでつくる祭具、獨酒、餅など、丁寧に美的要素を多分に含んだ装飾、供物が準備され、当日。子グマの檻の周りに人が輪になり、手拍子や祈りの歌とともに場は高揚する。

檻から出た子グマを連れ出し、事前に制作した神具の矢を何発も打ちつけ、屠殺する。その後、子グマは余すとこなく解体され、祭壇に召され、夜明けの太陽へ向けて魂が送られる。

正直、「文化」、「動物愛護」、「差別」などさまざま観点で感じたことはあったけど、「動物愛護」の観点だけ簡単にまとめてみる。

映像では、アイヌの萱野氏と姫田氏が交わす解説をたよりに、徐々に緊張感が高まった。クライマックスとも言える屠殺の瞬間は、子グマが「グオーグオー」と叫ぶ声が苦しく、いまも若干耳に残っている…

アイヌの神聖な儀式とはいえ、子グマからしたらえらく迷惑なことだ。約1年も大切に育てられて突然、拷問のような苦しみの中、死ぬことになるのだから。人の子よりペットが多くなった日本社会では「言語道断、残酷非道」「やめろ」って声がすぐに高まりそうだ。

確かに、動物愛護とは程遠い私からしても、なぜ神の世界に送るのに安楽死の手段がなかったのかは理解には悩んだシーンもあった。

一方、アイヌと関係なく、一種の高揚感(例えば映画の残虐なシーン、ライブで絶叫することなど)は、人間(サピエンス)に固有の本能的な何かが潜んでいると思う。マヤとか古代中国みられる人の生贄とも類似性を感じるし、現代は法と秩序で抑制しているようにも思う。

今回は、発行元の民族文化映像研究所、箒有寛(ほうき・ありひろ)さんが解説にこられた。なかば場の興奮を鎮めるかのように「なんでも聞いてほしい」という姿は、さすがは伝道者だった。実際に、この映像が撮影された1977年以降、動物愛護の機運が高まり、放映できなかった時期もあるようだ。


photo by © HOSOI Toshiya

箒さんによると、「文字を持たない民族は、やがて消えていった」。文字に残すというのは契約の始まりで、文字は国家を形成する。国家や民主主義とは実は人間がつくりだした虚構だとはっと思い出した。それゆえ個々人の努力や協調なくして崩壊する。

アイヌは、文字を持たなかった。暮らしの全てが口伝で継承されてきたとは、すぐにメモを取る我々には絶対理解できない世界観。一方、今回の儀式を見ても、随所に洗練された象徴を用いて、全く”野蛮”ではなく、高度に発達した文化があると感じた。

言葉をもった民族は文化を育む。しかし、他の言葉で解釈されたときに、善悪観念にもまれる。当然、そこには変換できない概念もある。「子グマは神になった」というアイヌの疑いのない思想と、「いや、子グマは恐怖のうちに虐待された」という他文化の解釈を生み出す。

もちろん、人の生贄が今も存在するとすれば、さすがに異を唱えるだろう。しかし、イヨマンテの場合、少なくとも大和民族も肉を食らう人だ。この儀式だけにフォーカスして、動物愛護を謳うのはあまりにも都合のよい解釈と言わざるを得ない。


photo by © 庄司 直生

さらに映像中、コタンの若者が「今や年間何頭ものクマが銃殺されている。それに比べれば、このクマはなんと大事にされたことか」といった声があった。儀式で屠られたクマの肉や血は、最上の価値のあるものとして扱われた。

こんな儀式が存在するほどに、生き物を大切にしたという真逆の解釈が本当のことだろうと思う。そこには過度な乱獲も、収奪もなく、自然と対峙する、支配する、克服する先進国とは違う、自然の「中に」人が存在するという生き方があった。

さて、AIやテクノロジーを駆使するいわゆる「Society 5.0」は紛れもない文明だろうが、文化が涵養したような人々の心の豊かさ、坦々とした日々の喜び、落ち着きを与えることはできるのだろうか。

( text: 東 洋平 on 19th Jun. 2022)


photo by © HOSOI Toshiya

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